とりあえずウクライナ事情から見てみよう。
1648年には、首領(ヘーチマン)であるボフダン・フメリニツキー(ボフダーン・フメリニーツィクィイ)の指導するコサックとポーランドの間に戦争が始まると同時に、農民によるユダヤ人の虐殺(ポグロム)も行われた。フメリニツキーは当時のロマノフ朝のツァーリ・アレクセイ・ミハイロヴィチの助勢を借りて、ついに長年のポーランド支配を断ち切ることに成功したが、数年後の1654年にはモスクワ大公国の保護下に入る形で、ポーランドとモスクワ大公国によって分割され、独立はまたも失われることとなった。このことは今日のウクライナ人にとってはロシア民族共通の敵であるポーランドを対等な連合の下に駆逐したのにも拘らずロシアに裏切られたというように受け取られ、反露感情の源泉のひとつとなっている。
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